UXデザインで変わることと変わらないこと

第4回 関係者全員に勝たせる施策が結果的にうまくいく

デザイナーの長谷川恭久さんが考える「伝わる広まる」に大切な要素は何か。クライアントの組織と一緒に施策を進めるデザイナーの立場からすると、自分以外の関係者が「何を求めているか」を知り、その共通項を探すことだという。簡単には見つからないが、実現すれば自然と伝わり広まっていくはずだ。

どうすれば「伝わる広まる」が実現できるのか
栃尾

唐突ですが、伝えたいことが伝わり、そこから広まっていくためには、どんなことが大切だと思いますか?

長谷川

デザインだけでなくデジタルプロダクトやサービスも含めた話になりますが、「担当者」「ステークホルダー」「ユーザー」の三者すべてが勝てるパターンを考えてから手段を考えるようにしています。逆に「Webサイトをどう作って、どんな見せ方をするか」を考えているだけではいつまでも伝わらないかなと。

栃尾

三者の利害が一致するところを探すということですか。

長谷川

そうです。誰のために作っているのか、その人たちをどう勝たせるのかを考えます。

栃尾

ニーズの合致する部分が見つかれば、自然と伝わるし広まる、という感覚でしょうか。

長谷川

そうですね。例えば、Webサイトをどんなに格好良くしても、担当者のニーズに合っていないかもしれない。もしかしたら担当者は、出世するために成果を上げたいのかもしれません。一方でその上司は、プロジェクトにおける決裁権を握りたいのかもしれない。そのニーズを把握しないまま「いいサイトを作る」と言っても、あとでひっくり返りがちです。お互いが考える「いい」が違うので。

栃尾

そういった本音のようなものを把握するのは、相当難しいのではないかと思うのですが……。

長谷川

時間はかかりますね。僕の場合は、プロジェクト発足時に関係者全員に1on1でインタビューさせてもらいます。それぞれ30分くらいでしょうか。そうすると見えないものが見えてきますよ。

栃尾

そういうのを聞くと、発注側の「出世したい」「認められたい」といった個人的なニーズは正直に話した方がいいんでしょうね。

長谷川

隠したいのはわかりますが(笑)、言うべきだと思います。でも、会話をしていればわかってくるものだと思います。それもUXデザイナーの手腕といえるかもしれませんね。

栃尾

そういうニーズをわかってくれるかどうかも、デザイナーの能力を見るときの基準になるかもしれませんね。

ユーザーニーズはどうとらえるか
栃尾

企業側の社内のニーズは1on1で探るとして、ユーザー側はやはりユーザーインタビューをするのでしょうか。

長谷川

僕はした方がいいと思います。でも、それも社内のニーズによりけり。そもそもユーザーニーズを知りたいと思っているかわからないので、ニーズを社内に向けてヒアリングします。そのうえで「営業部がちょっとね……」といった部門間の課題が多ければ、まずは組織の整備が先になります。

栃尾

いきなり「ユーザー調査しましょう」とはならないんですね。

長谷川

ユーザー調査をしたいのはこちら側の都合なので。べき論をクライアントに押し付けるのは得策ではないです。例えばペルソナを作って「これって理想だけど実際どうなの?」みたいな意見が出てきたらチャンス。「じゃあ調査しましょうか」と持っていけますよね。

極端に言うと、デザイナーに個性はいらない
栃尾

三者のニーズが一致するところ、というと、作る側であるデザイナーの個性やモチベーションといったものは考えなくていいのでしょうか。

長谷川

ここで話しているデザインの文脈であれば、僕は必要ないと思います。日本ではデザインは職人芸だ、といったイメージがあるけど、世界で勝っているFacebookやAmazon、Uberのデザインはひとりの職人によって作られているわけではなく、チームワークの結果です。

栃尾

職人というのは、どういうイメージですか?

長谷川

「一子相伝」みたいな世界ですね。その人にしかわからないノウハウや、「言語化できない」という論調で語られがちなもの。個性のあるアーティストに近いかもしれません。職人芸により、ほかの人が再現できないものを作っても、スピードの早いデジタルプロダクトデザインの世界から取り残されるんじゃないかという危機感があります。

栃尾

それよりは、クライアントやユーザーのニーズを把握して課題を見つけられる能力の方が重要ということでしょうか。

長谷川

そう思います。でも、アーティスティックなデザインをしたいのが間違っているというわけではない。「デザイナーの個性を出してほしい」というクライアントもありますから。そういうタイプのデザイン会社もありますし。

栃尾

なるほど。発注側は、自分たちのニーズをしっかりとわかっていなくてはなりませんね。

本当に伝えるためには、小手先のデザインを変更するだけではうまくいかない。クライアント企業内のニーズから掘り下げていくことで、事業を進めることができる。そこにユーザーニーズをかけ合わせて初めて、ぴったりと歯車が噛み合うのだ。

長谷川恭久さん
Webサイトやアプリの設計や運用のサポートに携わるデザイナー/コンサルタント。日本各地でデザインに関する様々なトピックを扱った講演やワークショップを行っている。著書に『Experience Points』『Web Designer 2.0』など。

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも