REDD inc.の代表取締役である望月重太朗さんは、博報堂アイ・スタジオにて2014年よりR&D部門を率いて、数多くのプロトタイプを手掛けてきた。国際クリエイティビティ・フェスティバルであるカンヌライオンズで登壇をしたり、毎年SXSWに新しい作品を発表したりと、その活動は世界的にも高く評価されている。今回のセミナーでは、望月さんに未来を創るクリエイティブ思考について熱く語ってもらった。第1回目は、クリエイティブにおけるR&Dの重要性について。
広告代理店にいながらR&Dに着目した
もともと広告代理店系のクリエイティブカンパニーに所属していた望月さんは、2012年ごろに漠然とした危機感を感じ始めた。「クライアントの課題を解決するという受託制作のループからは一線を画した、別のステージにシフトしていかなければ、デジタルの場で戦い抜くのは難しい」という思いだ。そこで注目したのは、まだ広告業界ではあまり手がつけられていないが、製造業などでは欠かせない「R&D(研究開発)」という考え方だった。
「多くの会社でR&Dといえば、その会社を支える要素技術を開発することです。具体的には、自動車会社なら自動運転の研究、化粧品会社ならアトピーの出ない香りの調合、というように、商品になる前の研究と実践を行っています。一般の消費者が手にしているのは、膨大なR&Dの結果、具現化されたごく一部のものだけ。その水面下には、表には出てこない膨大なトライや数々の失敗があるのです」
R&Dを繰り返すことでいろいろな数年後の未来を創るアイデアやビジョンが生まれてくる。例えば、身近な例では、iPhoneなどのプロダクトも、研究開発のたまものなのだ。
「ところが、広告業界でR&Dというのはあまり聞きなれない概念ですよね。なぜなら、新たなテクノロジーを作り出したり、実験をしたりするわけではないから。そこで注目したのは、R&Dの中でも『体験をデザインする』というUXデザインです。これまで使ったことのない技術をコミュニケーションの手法へと変容させることにより、これまで広告業界が手にしていなかった新たなビジネスモデルを創れるのではないかと考えました」
受発注から評判が生まれて再発注するループから抜け出したい
望月さんが特に課題感を持っていたのは、受発注のループだという。広告主に提案する内容は、すでに成果が出ている施策や手法であったり、既知のメディアであったりするものが多い。つまり、まったく新しいチャレンジは提案しないし、提案してもなかなか受け入れられない。そうして、既知の施策ばかりが世の中に溢れ返っていく。
広告主がAIや新たなハードウェアを試してみたいと考えても、代理店側にその経験がなければ難しい。逆に代理店側が新しいことを提案しても、事例がなければ広告主は採用したくない。「一歩を踏み出せない」事態が、多くの現場で起こっていることに危機感を持ったという。
広告業界が新たなプラットフォームにしり込みをしているうちに、テクノロジーの方が先に「民主化」した。つまり、SNSなどで誰でも外の世界に対してクリエイティブを発信できるようになった。SNS以外でも、YouTubeやAppStoreなどUGC発信の機会は多い。それまでは、CMやテレビ、ラジオなど、一定の専売権を持った人たちだけがそのチャンスを得られていた。ところが、民主化されたプラットフォームなら、もはや誰にでも発信するチャンスがある。裏返せば、大企業ですら、この新しいプラットフォームたちを無視できない時代になったということだ。
「例えば、YouTubeやInstagram、TikTokでユーザーとコミュニケーションをとろうとしても、代理店が得意としてきた広告枠を売り買いするようにはメディアとして上手く取り扱うことができない。だから、著名なYouTuberが所属するUUUM(ウーム)には勝てないんですね」
こういったデジタルを取り巻く大きな変革の中で戦うために、望月さんが着目したのが「体験デザインのR&D」だった。従来のように広告主のリクエストや課題解決を起点するクリエイティブではなく、自分たちで見つけたテーマや技術、仮説をもとに新しい価値をゼロから創造していくというステップ。R&Dの結果として、アワードを取得したり、メディアに取り上げられたりすることで、誰かの目に留まりビジネスに変化することを期待しての挑戦の始まりだった。
そこから、R&Dとして新たなクリエイティブを創り続けた望月さん。これからのクリエイティブ思考は「Prototyping(プロトタイピング)」「Interface(インターフェース)」「Design(デザイン)」の3つが大事だと考えるに至ったという。
ともかくプロトタイプをたくさん創った
大事にしてきたのは「プロトタイピング」。つまり、新しいビジネスモデルになりうるような試作品をたくさん作ることだ。その数は、5年で120個にも及んだという。
ここでいくつかのプロトタイプ事例が紹介された。
まずひとつ目は「Pechat」。ぬいぐるみにつけられるボタン型のスピーカー。スマートフォンから操作できて、まるでぬいぐるみとおしゃべりをしているような体験をつくることができる。会話ができるぬいぐるみは世の中にいくらでも売っているが、Pechatなら、ずっと可愛がってきたトモダチ(ぬいぐみ)と会話ができるようになる。つまり、日常に非日常な体験を創ることができるのだ。クラウドファンディングを実施して製造販売し、現在はAmazonなどでも販売している。すでに15万個ほど売れているという。
「ハードウェアやアプリ開発も、技術的にはそれほど難しくないプロダクト。すでにある技術を使って新たなコミュニケーションという“体験の価値”を発明したわけです」
次にご紹介されたのは、資生堂社やGoogle社と協業した「BRAILLE NAILS」。視覚障害者向けのネイルだ。
「知覚障害者の方は、顔のメイクはできる。片手で顔に触れながら、もう片方でメイクするという方法が確立されています。でも、ネイルの場合はどうしても片手がふさがってしまうから、視覚がないとできず、ファッションアイテムとして楽しめないという背景がありました。さらに、単なるファッションだけにとどまらず、普段は白杖が届く世界しか認識ができずに、白杖の先にあるもっと先の世界まで認識したいというニーズにもこたえられるようにしたのです。」
触れて認識できる凹凸のあるネイルチップと、同じデザインのカメラデバイス。カメラは首から下げて利用する。親指のネイルをカメラデバイスにかざすと、カメラに映るランドマークや人物、文字などを音声で教えてくれる。オシャレを楽しむことと、音声で周囲の様子を教えてくれるという視覚障碍者の2つの夢を同時に満たしてくれる画期的なアイテムなのだ。
他にも、初心者のつたないピアノ演奏に合わせて、AIが演奏に合ったリズムや伴奏を付けてくれる「Duet with YOO」や、バスを改造して“移動型コンテンツスタジオ”とし、移動した先で料理やエンタメなどを提供できる「spods」など、たくさんのプロトタイプが紹介された。
広告業界にR&Dの考え方を導入し、さまざまなプロトタイプを作ってきた望月さんは、「これからのクリエイティブ思考」には「Prototyping」「Interface」「Design」の3つが必要だと捉えている。1回目はプロトタイプの実例をいくつか紹介したが、2回目にはプロトタイピングが大事な理由や、それによって得られるものについて解説する。
望月重太朗さん
REDD inc. 代表取締役、Creative Director、Designer。UMAMI Lab 主宰。デザインR&Dをテーマに、サービス/プロダクト開発、デザイン戦略開発、クリエイティブ教育の開発、海外との協業によるメソッド開発など。