良い顧客体験を実現するには、顧客体験を見える形でビジュアライズし具体的に定義する必要がある。今回の講師である清水誠さんが強く勧めているのは「コンセプトダイアグラム」。「理想の顧客の状態」をゴールに定め、「ステップごとの顧客の状態」を定めていく。その考え方と進め方をレクチャーしてもらった。
顧客を納得させるためのビジュアライズ
第3回で紹介したカタログギブトの例では、企業理念があったため、望ましい顧客を明確に定義することができた。とはいえ、理念やビジョン、戦略を定義すること自体がなかなか難しい。そんな時は、概念を見える化して議論し、合意形成を得る方法として、「コンセプトダイアグラム」というフレームワークが効果的だという。マーケティングでよく使われているフレームワークとしてはカスタマージャーニーマップが挙げられるが、顧客の気持ちの変化や企業側の意図を網羅的に表現しにくいため、カスタマーアナリティクスには適さないという。
清水さんが例に出したのは、エイジング対策が特徴のシャンプーを販売する企業の例。考え方は、カスタマージャーニーマップと同様、ユーザーが主語になる。縦横の二軸で考え、マップの左上を起点として、右下のゴールに向かって、顧客の心理を変化させる体験シナリオを作る。
これまでの企業視点では、シャンプーの「売上増」や、ブランドの「ファン数増」をゴールに置きがちだが、シャンプーを買うことは顧客にとって「手段」でしかない。一方、コンセプトダイアグラムでは「顧客の心理状態」をベースとし、「起こしたい変化」を図の上でつなげて描いていく。
例に示したスライドでは「身も心もダンディ」と書かれているが、言い換えると「心身ともに毎日楽しく過ごす」といった状態のこと。
「『髪がすっきりした』『フサフサになった』という現象だけではなくて、例えば『エイジング対策をして、引きこもりだった人が自信を取り戻してアクティブに出かけるようになった』といった状態を目指します。そのために機能的なシャンプーを使ってほしいとまとめることができます」
顧客の心理変容を2軸に表すコンセプトダイアグラム
コンセプトダイアグラムでは気持ちの変化がステップに分けられており、ケーススタディとして上げられた機能的なシャンプーの場合には、次の6つに分けられた。
・問題かも(自分の課題を自覚し始めた状態)
・良いかも!?(試した結果に少し達成感を感じているが納得感は不十分な状態)
・しっかり納得(体の仕組みや自分ケアのノウハウ、自分の特性や商品知識が増えた状態)
・他もケアしたい(意識がシャンプーからボディ、食事、運動、睡眠などへ広がった状態)
・ずっとキープしたい(意識が長期化し、将来の自分の理想像がイメージできた状態)
・身も心もダンディ(年齢に応じて前向きな生活を楽しめている状態=ゴール)
このステップとステップの間に顧客の心理変容を起こさせるトリガーとして施策をあてはめていく。例えば、煽り系のテレビCMや意外性のあるインフォグラフィックで「(薄毛が)問題かも」という心理状態になり、サンプル配布や同梱冊子、フォローメールなどで「良いかも!?」への変容、つまり良い変化の自覚を促す。さらに、FAQなどの知識コンテンツやステップメールなどによる理解促進の施策によって「しっかり納得」の状態になり……と、施策を通じて次のステップに変容してもらう道筋を組む。
カスタマーアナリティクスの回で説明のあったように、それぞれのステップを「○○な人」というユーザー単位に分け、1年や半年スバンなど中長期でデータを取っていく。次のステップへ進んだ人、そのまま停滞した人、後退した人、と顧客の心理変容を数字として可視化することができる。その後、その変化理由を分析することで、成功要因とうまくいかなかった原因を浮き彫りにすることができる。
「他にも、コンセプトダイアグラムによって、共通言語ができることも大きなメリット。例えば『来週のメールは“納得系”にしよう』『次の記事は“広がり系”のコンテンツにしよう』といった施策の目的が社内で正確に定義・共有できるようになるのです」
自社の例で実際にワークショップ
ここで、セミナー参加者の自社サイトを例に、実際にコンセプトダイアグラムを作る模擬ワークショップをBtoBサイトのケースでスタートした。まずは、顧客のゴールを決める。
「ゴールとは、顧客の悩みや潜在ニーズが満たされた状態です。ポイントは、一過性でなく持続的であること。遠くに設定することが大切ですが、施策が打てないほど遠くに設定するのはNGです」
さまざまな意見を出してもらうものの、BtoBであるためか、なかなか難しい。どうしても売上や施策に寄ってしまいがちなところを、清水さんが「最終的にどういう状態の会社が増えればハッピーになるのかを考えてください」と促す。BtoBなので企業単位で考えるのが難しい場合には「担当者が活躍して有名になる」といったことでもよいという。
次に、スタートの状態を決めながら、ターゲットを定義していく。「例えば、BtoBなら『仕事が面倒だな』というような課題感のない担当者はターゲットになりにくい。ある程度リーチできるポテンシャルがある人がいいでしょう」と、清水さんからのヒントがあった。
スタートとゴールが決まったら、次に「軸」を考える。ゴールまで持って行くために、スタートの状態から足りないものを考えていく。例えば、シャンプーの例では横軸が「自分ケアの知識」、縦軸が「健康への意識(モチベーション)」だったが、必ずしも知識とモチベーションとは限らないという。「横軸は左脳系」、「縦軸は右脳系」と捉えると軸を決めやすい。
その後に、軸に従ってステップを定めていく。ステップ決定の過程で「受注する」といった企業視点に戻ったり、「PDCAを回す」といった手段になってしまいがちなので、適宜修正しながら進めていく。それぞれは、縦横が3×3のブロックに収まる程度がおすすめだ。
ステップが決まれば、あとは、それぞれのステップの間を埋めるように態度変容を促すような施策を当てはめていく。
「クライアントワークの中でコンセプトダイアグラムをフレームワークとして取り入れるときには、自分たちでマップを作ってから提案してもなかなか理解されないと思います。やはりワークショップ式で一緒になって考えることが大事。きっとクライアントさんのモヤモヤが整理されるはず。ともかく、巻き込むことが大切です。最適な実施タイミングとしては、立ち上げのときか、ひと通りのことは試したものの上手く行かないような場合です」
これまでのアナリティクスでは見えてこなかった、顧客理解を深めるためのカスタマーアナリティクスと、それを実践するためのコンセプトダイアグラム。抽象的な方法論だが、今までの施策でうまくいかず、抜本的に考え直したい場合には大きな転換となる可能性がありそうだ。チームを巻き込み、共通言語を作りながら理想の姿を描いていくことができる。チーム一丸となってじっくりと継続的に取り組むことで、全体の改善を図っていくメソッドとして、チャレンジしてみて欲しい。
清水誠さん
Webビジネス歴25年。UXとIAの分野を開拓後、楽天やWebCrewなどの事業会社においてIT・UX・アナリティクス活用による社内デジタルトランスフォーメーションを推進。2011年に渡米し、プロダクトマネージャーとしてAdobe Analytics(SiteCatalyst)の企画・開発・啓蒙に携わる。2014年に帰国し独立。データを活用した顧客理解とUX構築を普及すべく、コンセプトダイアグラムとカスタマーアナリティクスを模索中。2013年Web人賞受賞。株式会社電通アイソバー CAO、株式会社ナイル 戦略顧問、株式会社b-unit 代表取締役。