広報が語るべきは、心をつかむストーリー

第2回 限られた予算で最大効果を狙うターゲティング

アマゾンジャパンの広報本部長を務めていた小西みさをさんにインタビュー。第2回目は、広報・PRに欠かせないターゲットセグメントについて伺った。「ターゲットを決めるのは当たり前」と思われがちだが、いざ自分ごととなると難しい場合も多い。「湯水のように資金があるならターゲットを決めなくてもいいが、そうでないなら絞り込まないと効果は出ない」と小西さんは言う。

ターゲットを決めるのは、資金などのリソースを効果的に使うため
栃尾

PRをする際、ターゲットを絞った方がいいと思いつつ、できるだけいろいろな人に広く届けたいと思う気持ちもあると思います。どう折り合いをつけていくのでしょうか。

小西

基本的には、ビジネスゴールに効くようなターゲット設定が必要になります。湯水のように余りある資金があれば別ですが、一般的にはPR予算は限られています。その中で効果的に届ける必要がある。そのために綿密なターゲティングが大事になってくるのです。

栃尾

なるほど、資金を効果的に使っていくためなんですね。

小西

例えば、「最終的には全国民に使ってほしい」と考えているプロダクトやサービスでも、最初から全国民を狙うのは無謀です。新サービスを「使ってみよう」と考えてくれる人は限られていて、例えばアーリーアダプターなどの「新しモノ好き」な人たち。情報の流れを考えるとそういう人たちをピンポイントで狙い撃ちしていくことは多いですね。

栃尾

「ある程度広まってからでないと使いたくない」というフォロワー気質な人はけっこう多いような気がします。

小西

そうなんです。時代の半歩先を行くようなイノベーティブなサービスであるほど、そういった一般の人にアプローチしても最初は効果が低い。さらには、単に使ってくれるだけでなく、周りに広めてくれるような拡散気質の人が理想です。オピニオンリーダーになりそうな人や、マイクロインフルエンサーといった人に届くように仕掛けます。そこからマスに広めていくんです。

栃尾

最初に使ってくれた方たちが広めてくれるイメージでしょうか。

小西

それももちろんあります。さらに、企業側が「感度の高い人たちはこういう使い方をしています」と、メディアが関心をもちやすいニュースのネタとして仕掛けていくこともできますね。

栃尾

もう少し限定的な、ニッチな商品の場合はどうですか。

小西

はい、商品によっては必ずしもマスを狙わない場合もありますよね。その場合には、特定のコミュニティと関係構築をして広めていくような施策も考えられます。

ビジネスのターゲットとPRのターゲットを分けることも
栃尾

ご著書の『アマゾンで学んだ! 伝え方はストーリーが9割』では、全世代がターゲットとなるKindleで、女性に絞ったPRが紹介されていて印象的でした。

小西

Kindleの端末は、小売のアマゾンにとって初めての「メーカー」としてのビジネスでした。そのため、米国本社からのPRガイドラインが通常よりも厳しく、機能的なスペック部分を前面に出さなくてはならなかったんです。それは、私たちPRマンとしてはとてもやりづらい。スペックの優位性って、どうしても『コト化』しにくいんです。本が好きな人や読む人に広くあまねく届けることが最終的な目的ですから、「そのスペックで何が可能になるのか」、「他社製品と何が異なるのか」、など質問を受けました。また、女性からは「黒い端末は女性的にはNGだよね」という声を聴いていました。どうしてもビジネス的には新しいテック系ツールが好きな男性層に焦点が当たりがちで、女性が二の次になってしまっていました。

栃尾

私はシンプルで好きですが(笑)、確かに女性っぽくはないですね。

小西

それで、白のカラーを出した方がいいと提案したりもしました。広報・PRとしては、「女性がどういう行動に魅力を感じるか」というところから考えます。例えば、Kindleをデコるワークショップなんかもしてみましたね。本好き女性のインサイトがどこにあるのかを徹底的に仮説検証しました。さらに、「自分のもの」という愛着を持ってもらえるようなコミュニケーションをしていきます。

栃尾

具体的にはどんなことですか。

小西

一例ですが、女性ファッション誌の編集長や、本が好きなモデルさんなどに発信リーダーになってもらい、感度の高いマイクロインフルエンサーの方々へのトークセッションや体験イベントを開催したりしました。小さなバッグにKindleを入れて持ち歩いたり、旅行したりするイメージを見せていく。そんなふうにして、女性にもKindleがある生活を自分ごととして捉えてもらえるようにしていったんです。

栃尾

そういうイメージが湧くと、自分ごとになりやすいんですね。

小西

使っている様子をイメージしてもらうことが大切です。例えば、「ある本の上巻を読んでいて、そろそろ終わりそう。ところが、下巻も一緒に持ち歩くのは大変……。Kindleがあれば、100冊入れておくこともできるから、荷物は軽いままでいつでも本の続きが読める」というように「体験」を描いていくんですね。

ターゲットに沿った「ストーリー」で、効率的に顧客にアプローチしていくことが可能。また、サービスの認知度によってターゲットを変えたり、ビジネス施策とは別でPRのターゲットを決めるケースもある。市場を見て的確な判断が必要となるだろう。次回は、伝えるうえで欠かせない「ストーリー」の作り方について伺っていく。

アマゾンで学んだ! 伝え方はストーリーが9割
小西みさを(著)

小西みさをさん
ソフトバンクやセガなど大手企業で10年以上の広報経験を経て2003年にアマゾンの広報責任者に就任。「Amazon.co.jp」の黎明期から急成長した13年間の広報活動の中で、さまざまなPR手法およびメディアネットワークを活用しアマゾンをブランディング。2017年にPR戦略やPR活動のサポート、PRコンサルティングを行う会社、A Story(エーストーリー)合同会社を設立し代表に就任。著書に『アマゾンで学んだ! 伝え方はストーリーが9割』(宝島社)がある。

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも