広報が語るべきは、心をつかむストーリー

第1回 ひとつの大当たりには意味がない

アマゾンジャパンに広報として勤めていた13年間のうち、2013年からは広報本部長を担っていた小西みさをさん。現在は、AStory(エーストーリー)というPR会社の代表として、さまざまな企業の広報・PRをサポートしている。著書の『アマゾンで学んだ! 伝え方はストーリーが9割』(宝島社)では、広報におけるストーリーの大切さを中心に、さまざまな具体的な施策を紹介している。インタビューの第1回は、小西さんの考える広報・PRの役割について伺った。

Amazonでの最初のミッションは「本屋でないことを知らしめる」
栃尾

小西さんは、ずっと広報・PRとしてのキャリアを積まれてきたのですか?

小西

2003年にアマゾンジャパンの広報責任者になりましたが、その前はソフトバンクやセガなどで広報を担当していました。ソフトバンクに入社したころは、まだケータイキャリア事業を始める前。毎月ECベンチャーの設立や新規事業を発表する記者会見をしていたような怒涛の日々でした。さまざまな分野におけるECベンチャーの立ち上げ広報を国内外でしていたことが、アマゾンの広報担当就任につながった形です。

栃尾

アマゾンではどんなことから取り組んでいったのですか?

小西

アマゾンに入社した2003年当時は、まだ主要な取り扱い商品は本でした。ところが、広報としてのミッションは「Amazonが本屋でないことを知らしめる」というもの。家電やおもちゃ、消費財、ファッション、デジタル等、新たな事業が始まるたびに、広報の戦略を練り、戦術を作り、ブランディングをしてきました。

栃尾

アマゾンには、何年まで務めていたのですか?

小西

2016年末までです。その後、2017年1月に今の会社「AStory(エーストーリー)」を立ち上げました。アマゾンではBtoBおよびBtoC含めありとあらゆる業界で事業を展開していたので、さまざまな業界やメディアに関わってきた経験と人脈があります。それを、多くの会社に役立てたいと思っているんです。また、広報の人材を育て、日本で広報という仕事のバリューを上げたいとも考えています。

広報・PRは、施策がひとつだけ大当たりしても意味がない
栃尾

ご著書では、さまざまな施策が紹介されていますね。

小西

主だった分かりやすい施策をいくつか紹介しましたが、広報・PRはひとつが大当たりすればいいという仕事ではないんです。事業のゴールや目的、チャレンジを追い風に持っていくような中長期の戦略とそこからブレイクダウンされた戦術が必要です。

栃尾

日々の目立たない施策もたくさんあるんでしょうね。

小西

ビジョンやミッションを作りこみ、軌道修正しながら実行します。毎年事業戦略に沿った広報戦略を展開しながら、結果的に社会に支持、理解していただくよう調整していきます。例えば、影響力のあるテレビが取材してくれる場合でも、ゴールに沿っていなければ、受け入れ体制ができていない、時期尚早などの理由で泣く泣くお断りすることもありますよ。

栃尾

単純に反響があったら、ビジネスへの良い影響も大きいのではないですか。

小西

それが裏目に出ることもあるんです。例えば、たまたまテレビで紹介されて大きな反響があり、ECサイトのサーバーが落ちてしまう、もしくは注文できなくなるなど起こったとします。その後、需要に応えるために社内の体制を整えようと社員を増やしたりすると、テレビ効果があった売上は日に日に落ちていき、人件費はアップしているのに売上はテレビでの紹介前に逆戻り。1年後にしわ寄せが……というケースですね。

栃尾

なるほど……。運よく一発当てただけでは、逆にピンチを招くことがあるんですね。

小西

一瞬の話題性のためにテレビに出るより、長期的視点で持続的に戦略を練っていくことが大事です。

現在はさまざまなクライアントの広報・PRのコンサルティングなど
栃尾

現在の会社のAStoryでは、どのような事業をなさっているのですか?

小西

創業して4年目になりますが、弊社ではPRのコンサルティングや、実務のサポートを担っています。企業のブランド力を向上させるための広報戦略や活動策定のサポートや日々の活動のサポート、また、講演やPRに関連する各種トレーニングなども行っています。会社はひとりでやっているので、工数がかかるところはパートナーや他の代理店とユニットを組むこともあります。

栃尾

どのような業界、ジャンルがお強いといった特徴はありますか?

小西

個人的には広報戦略のベースになる考え方は業界に関係なく同じかと思います。実際、弊社がサポートしている分野はバラバラですが、広報戦略の策定メソッド的なものは共通しています。分野は、IT、シェアリングエコノミー、旅行、食品、化粧品、人材サービス、BtoBなど幅広くカバーしています。大体常時7社から10社くらいをサポートしていて、規模も大企業から中堅企業、小さなベンチャー、スタートアップまでさまざまです。

栃尾

さまざまな会社に対応できるのは、アマゾンでの経験があるからこそでしょうか。

小西

25年以上、様々な業界で企業PR、製品・サービスPR、メディアリレーション、危機管理広報、マーケティングコミュニケーション、オフライン・オンラインイベントなど一通りのPR活動をしてきた経験と実績をご理解いただいているからと思います。実は最近AStoryに追加して、PR分野から少し足を踏み込んで、ECの新規ビジネスの事業開発をお手伝いする会社「aLLHANz(オールハンズ)」もパートナーと立上げました。

栃尾

おお! 新規ビジネスならではの観点でのサポートということなのでしょうか。

小西

ビジネスのプランニング、ロジスティクス、そして私が担うPR、それぞれの専門家である女性3人で、伴走型のサポートをいたします。

栃尾

そういったビジネスをスタートするのはどのような理由からですか?

小西

私の会社にお話をいただくケースで、ときどき残念なことがあります。プロダクトができあがったあとに「PRしてください」とご相談をいただいても、そのプロダクトが「世の中にごまんとある」「新規性が乏しい」などといった場合です。PRの力でなんとか注目を集めて欲しいと。

栃尾

なるほど。そういったものをPRするということに無理があるんですね。

小西

無理ということはないのですが…。広報の仕事は、消費者と企業が、お互いにメリットを享受しあえることが大切だと思っています。そのための戦略的なコミュニケーションプロセスなんですね。世の中から求められないものを無理やりPRしても手ごたえがないし、お互いにハッピーではないんです。

栃尾

それで、新規のサービスやプロダクトを作るところから広報の視点を注入できるといい、ということでしょうか。

小西

そうなんです。作ったものを世の中がどう受け止めるのか、想定したうえでモノづくりをしていってほしい。消費者のインサイトに響かない。つまり、「箸にも棒にもかからない」ということをできるだけ減らしたい。そういう思いから、スタートしました。

広報・PRは「一発ホームラン」のような大当たりを目指すのではなく、長期的な視点で戦略的に信頼を得ながら認知を広げていくことが大事なのだと小西さん。今回は概要を伺ったが、次回からは具体的な話に移っていく。まずはターゲットの考え方についてお伺いする。

アマゾンで学んだ! 伝え方はストーリーが9割
小西みさを(著)

小西みさをさん
ソフトバンクやセガなど大手企業で10年以上の広報経験を経て2003年にアマゾンの広報責任者に就任。「Amazon.co.jp」の黎明期から急成長した13年間の広報活動の中で、さまざまなPR手法およびメディアネットワークを活用しアマゾンをブランディング。2017年にPR戦略やPR活動のサポート、PRコンサルティングを行う会社、A Story(エーストーリー)合同会社を設立し代表に就任。著書に『アマゾンで学んだ! 伝え方はストーリーが9割』(宝島社)がある。

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも