コロナ感染者のペットを守る「#StayAnicom」の裏側

第4回 少しずつ役目を終えてバトンを渡し、裏側のサポートに回っていく

コロナ感染者が飼っていたペットを無償で預かる「#StayAnicom」プロジェクト。ただ預かるだけでなく、飼い主が安心できるような工夫が施されていた。アニコム先進医療研究所の代表取締役社長、河本光祐さんに、利用者からの喜びの声とともに、今後の展開について伺っていく。

大変だった写真撮影で飼い主から喜びの声

栃尾:
これまでの預かり実績はどれくらいですか?

河本:
8月末時点で、ご相談は700件以上ありました。実際のお預かりは犬や猫を中心に合計50頭以上。お預かりして1~2週間でお返しする、という流れで運営しています。

栃尾:
ご利用なさった方からはどんな感想がありましたか?

河本:
とても嬉しい声をたくさんいただいています。一番嬉しかったのは「毎日送ってもらえる写真でペットが元気そうにしているのを見ると、自分の治療に専念できる」というお声でした。

栃尾:
飼い主さんたちは、ご自身が治療している中ですものね。

河本:
私は獣医師で人のお医者さんではありません。医療現場が大変な時に、獣医師である自分はそれを助けられないということに、心苦しさを感じていました。でも、感染された方のペットをお預かりすることで、その方がストレスなく治療でき、少しでも回復が早まってくれれば、それが私のできる最大限の医療現場への貢献だと思ったのです。

栃尾:
そのように間接的に、人の医療を助けることにもつながっているということですね。

河本:
はい、そう思えたのが嬉しかったです。

栃尾:
それにしても、毎日写真を送っていたのですか?

河本:
そうなんです。グループトップの小森のアイデアで、「安心を届けるのであれば、しっかり見せなくてはいけない」と、毎日写真をお送りすることが決まりました。

栃尾:
もちろん見られた方が安心でしょうが、なかなかそこまでの気遣いはできないですね。

河本:
もともと、保険というのは見えない商品です。しっかりと見える化していかないと売れない、という意思でビジネスをしてきたのもあります。感染した方からすると、見ず知らずの人、知らない場所に大切なペットを預けるのですから、大きな不安があるはず。それを払しょくするためにも、毎日の写真がとても効果的でした。

栃尾:
毎日写真を撮影して送るのは、結構手間がかかるのではないでしょうか?

河本:
はい、大変でした。防護服を着てゴーグルをしていますし、ゴーグルは曇りがちです。カメラはジップロックに入れ、使用後はエタノール消毒をするなど、万全の体制で撮影します。視界が悪くどんな写真が撮れたのか、その場ではよく見えないので、とにかくたくさん撮ります。最初はあまりの大変さに「トップからの指示だから仕方ない」と思いながら撮影していましたが(笑)、飼い主さんの喜びや感謝の声を聞いてからは積極的に頑張れるようになりました。

「#StayAnicom」は続けながらも、徐々に役目を終えていく

栃尾:
これから、プロジェクトはどうしていく予定ですか?

河本:
まだまだ、コロナが治まる様子がない(8月末時点)ので、これからも続けていきます。ただし、徐々に自治体やペットホテル、動物病院でも、コロナに感染した方のペットの預かりを始めています。私たちが肩ひじを張って続けるより、しっかりとビジネスや社会インフラとして進められる方にバトンタッチしていきたいと考えています。

栃尾:
最近は他にも預けられるようになっているのですね。

河本:
しっかりと準備してくれた方々が、お預かりすることで収益を上げられるのなら、私たちが無償で続けることは逆にその方たちの足を引っ張ってしまいかねません。「ペットホテルでも預かってくれるけど、無料だからアニコムにしよう」とはならないように考えたいです。

栃尾:
他とのバランスを考えて、有償にすることもあり得ますか?

河本:
それで商いをするつもりではありませんが、そういうマーケットバランスを保つという観点から有償化も視野に入れています。

動物のPCR検査を外向けに提供できるように

栃尾:
これからの新しい取り組みなどは考えておられるのでしょうか?

河本:
今回の実績を受けて、動物のPCR検査を受託できるサービスを検討しています。お預かりした中にも、PCR検査で陽性となった動物が何頭か見つかっています。傾向として陽性率が高まっており、もしかしたら、ウイルスに変異が起きて動物にかかりやすくなっているかもしれない、と推察できます。

栃尾:
「#StayAnicom」プロジェクトを受けて、データが集まっているのですね。

河本:
専門機関と協力して研究を進めている最中なので、まだ確かなことは言えません。ただ、気づかれていないだけで、もしかしたら街中で感染している動物がいるかもしれません。

栃尾:
そういった可能性もあるのですね。

河本:
動物に症状が出れば、飼い主さんはかかりつけの動物病院に相談されると思います。ところが、その病院ではPCR検査ができないかもしれません。それを私たちが請け負えるのではないかと思っているのです。

栃尾:
そのように連携していけると、今回のことも活きますし、ビジネスとして預かっている方の助けにもなりますね。

動物での遺伝的な病気を減らしていきたい

栃尾:
アニコムグループさんとして、課題に感じていることや、これからの展開などがあれば教えていただけますか。

河本:
今後も力を入れたいのは、遺伝子検査の分野ですね。人の場合は、法律や文化によって、近親交配は避けられています。それは、近親交配によって生まれる子どもに病気が発生する可能性が高いと経験的に知っており、科学的な裏付けもあるからです。ところが、動物の場合にはそういった考えは軽視されていることが多く、近親交配による先天的な病気が桁違いに発生しています。

栃尾:
血縁の近い動物同士で、子どもを産ませていることもあるのですね。

河本:
「かわいい」「小さい」など、市場価値の高い特徴があり、そういった個体がお父さん、お母さんとして選ばれやすくなります。その場合には知らず知らずのうちに遺伝的に近いところで交配されていくことになってしまいます。でも、遺伝子検査をすれば、あらかじめ「このお父さんとこのお母さんの組み合わせは、遺伝子的に病気の子が生まれる可能性が高いからやめてください」とブリーダーさんたちに正しい情報をお伝えできるのです。実際にアニコムでは遺伝性疾患を防ぐ目的で遺伝子検査サービス(https://www.anicom-med.co.jp/gene/index.html)を提供しています。

栃尾:
事前にわかれば、別の選択肢が取れますね。

河本:
そうです。人の場合は倫理的に難しいのですが……、動物ならそれができるんです。

栃尾:
ハードルが少ない分、研究が進むのは早いのでしょうね。

毎日の写真を送るといった細かい配慮は、ペットや飼い主のことをしっかりと考えているからこそできること。今後は、PCR検査や遺伝子検査をさらに進めていくという。「#StayAnicom」は、アイデアはもとより、会社全体の文化や組織体制から実現した、地に足の着いたプロジェクトだった。

#StayAnicomプロジェクトの紹介はこちら

河本光祐さん
岩手大学農学部獣医学科卒業後、岐阜大学大学院連合獣医学研究科にて博士号を取得。2011年アニコム損害保険株式会社に入社、給付や経営企画、獣医師としての臨床業務など幅広く従事。 現在はアニコム先進医療研究所の代表取締役社長を務める他、再生医療の研究を行うセルトラスト・アニマル・セラピューティクス株式会社の取締役も兼任する。 

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも