「#StayAnicom」というプロジェクトによって、コロナ感染者のペットを無償で預かることにしたアニコムグループ。プロジェクトを先導したアニコム先進医療研究所の代表取締役社長、河本光祐さんに、準備段階の苦労や、始まった後の対応などを伺った。
「絶対に感染しない体制を」猫を中心に対策を検討
栃尾:
実際にスタートするまで、たくさんのご苦労があったかと思います。まずは準備段階のことを教えていただけますか。
河本:
もっとも大変だったのは、感染防御の観点です。預かったはいいが、我々に感染したり、動物同士で感染したりといったことがあったら、プラスの活動のつもりがマイナスになってしまいます。それは絶対に避けなくてはなりません。
栃尾:
おっしゃるとおりですね。「決して感染させない」というのは、考えてみたらとても難しいことです。
河本:
このプロジェクトを始めた段階で、新型コロナウイルスは動物にも感染するだろうと言われていました。世界的にも猫を中心に感染報告が上がっていたんです。そのため、特に猫を預かるときのルールを細かく決めるのが大変でした。
栃尾:
初めてのことだから、改めて決めていかなくてはならないのですね。
河本:
動物が感染していなくても、新型コロナウイルスに感染した飼い主さんと濃密に暮らしていた動物を預かるわけですから、ウイルスが体表などに付着していることは容易に想像できます。普段私たちが直面している業務と比較して、感染するリスクが跳ね上がることになるんです。
栃尾:
本当ですね。聞けば聞くほど、無料でこんな苦労ができるなんて、驚くばかりです。
有志の社員が担当し、通常業務はほかの従業員がサポート
栃尾:
担当する方を決めるのも大変なのではないですか?
河本:
実は、預かりの作業を担当してくれているのは、自ら希望する有志の社員なんですよ。
栃尾:
ええ! すごいですね。
河本:
有志として手を挙げてくれた人は、当たり前ですがもちろん通常業務を持っています。当然、元の仕事に穴をあけることになりますが、それは周囲が全力でサポートする体制もできています。
栃尾:
そんなこと、できるんですか? すごすぎます。
河本:
私たちのグループは、みんな基本的に動物が好きなのです。その飼い主さんがつらい思いをしているのは自分も苦しい、少しでも助けになることがしたい、と思っている人が多い。だから、結果的に有志も集まりやすいですし、「自分は行けないが、行ける人を応援する」という立場で助けたいという人も多いんです。
栃尾:
そうなんですね。ただ、本当に自分のグループから誰か一人いなくなる、となったら困るのではないでしょうか。
河本:
確かにそうですね。それには、今回の意思決定プロセスも助けになっていると思います。例えば、1つのプロジェクトとして1部署のチームが主導していたなら、ここまでのバックアップ体制は組めなかったかもしれません。グループトップが会社の経営陣を集め、会社の事業としてやっていくんだという大方針をコンセンサスとして打ち出したのでこのようなバックアップ体制もできたのだと思います。
栃尾:
トップからの決定事項だから、ということですね。
河本:
それもありますが、すべての部署が自分ごととし捉えているということもあります。自分たちが意見を出し合って形作ったプロジェクトなのだから、自分の部署が業務リソース上でひっ迫するとしてもなんとか成功させたいと思います。そのため、最前線に赴く有志たちを快く送り出してくれたのだと思います。
栃尾:
最初にそれぞれの部署のトップが集まって意思決定をしたことで、会社全部を巻き込むことができたんですね。
マニュアル上は問題ないはずだが、噛まれるかもしれない環境
栃尾:
ずっと有志の方の人員は途切れなかったのでしょうか?
河本:
ほぼ途切れませんでしたね。ただ、希望がなかった時のためのバックアップの人は決めてありました。そのうちの一人が私です。
栃尾:
グループ会社の社長さんがバックアップ要員だとは驚きです。実際に発動することはあったのですか。
河本:
実はあったんです。預かった動物にはPCR検査を行っているのですが、初めて陽性の結果が出た際には、担当者の間に不安が広がりました。そこで、獣医師でもある私が受け持つことになったんです。私自身が現地に2~3週間入ることになるので、わが社は社長が2~3週間いなくなるという状況。それでも、仲間たちが会社経営をサポートしてくれて、親会社のホールディングスも手厚くサポートしてくれました。
栃尾:
河本さんご自身には、不安はなかったのですか?
河本:
行く前はありませんでした。私は獣医師として一定程度の感染症に対する知識もありますし、危険と安全の境界線もある程度わかっていたつもりでした。専門家のご意見も伺ってマニュアルを作っていたので、99%は大丈夫だろう、と踏んでいたんです。
栃尾:
実際には、そうではなかったのでしょうか……。
河本:
実際には、防護服での作業のため、普段の動物のお世話とはまったく勝手が違うんです。動物の扱いがこの上なく難しい。PCR検査のために、ゴーグルの限られた視界と呼気による曇りの中で、動物の喉から拭い液を採取しなくてはなりません。動物たちも、知らない環境で、しかも見慣れない白づくめの人に捕まえられそうだとなると、噛みつくかもしれません。
栃尾:
想像すると確かに恐怖ですね。噛まれたら感染のリスクが大きくなる可能性もあるのですよね。
河本:
そうなんです。噛まれたら危ない、と恐怖心を覚えました。マニュアル上はお預かりした日と次の日に検査をすることになっていたのですが、無理をしないという方針に変えたんです。それで、ひとまず安心ができましたね。
栃尾:
実際に現場に行ってみないとわからないことが多いんですね。頭が下がる思いです。
絶対に感染させないための準備を万全にすることに苦労したという河本さんだが、マニュアルを整備したとしても、実際の運用にはまた別の恐怖心が伴う。それでも、全社を挙げてサポート体制を整えたことがプロジェクトの成功につながった。次回は、利用者からの声や、今後の展開について伺っていく。
河本光祐さん
岩手大学農学部獣医学科卒業後、岐阜大学大学院連合獣医学研究科にて博士号を取得。2011年アニコム損害保険株式会社に入社、給付や経営企画、獣医師としての臨床業務など幅広く従事。 現在はアニコム先進医療研究所の代表取締役社長を務める他、再生医療の研究を行うセルトラスト・アニマル・セラピューティクス株式会社の取締役も兼任する。
栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも