懐かしいコンテンツをデジタルで復活

第3回 YouTubeをスタートして1年半で、登録者数8万人に!

強いコンテンツをどのようにデジタルで展開していくか。そのひとつとして誰もが思いつくのがYouTubeだろう。ところが、登録者数を増やすのは簡単ではない。『空想科学読本』のコンテンツを活かして独自の世界観を作り上げたYouTube番組『KUSOLAB』の秘密を、空想科学研究所の所長、近藤隆史さんに伺った。

栃尾:
出版ではない新しいコミュニケーションとしてYouTube『空想科学研究所KUSOLAB(以下、KUSOLAB)』を始められていますが、どのようなきっかけだったのですか。

近藤:
もともとは、コルクという会社の佐渡島庸平さんという方に「メールマガジンをやるといい」と勧められていたんです。

栃尾:
メルマガを継続配信していくのは、それなりに大変ですよね。

近藤:
だと思います。しかも、著者の柳田に「週に一本でいいから、科学にまつわる身辺雑記を書いてみようよ」と提案していたんだけど、どうもそういう原稿は苦手みたいで、ものすごく理屈っぽいエッセイを書いてきた。まったく面白くないので、メルマガは無理だなあと思っていたら、佐渡島さんが「映像を撮ってそれをメルマガにしたらいいんじゃない?」とアイデアをくれました。

栃尾:
映像もなかなか大変だと思いますが……。

近藤:
どういうものを作ればいいのか、だいぶ悩みました。僕としては、柳田の人間性がにじみ出るものをやりたい。そこで、友人にも出てもらって試しに撮ってみたりしましたが、彼は元学習塾の先生なので、どうしてもしゃべり方が「先生然」としてしまうんですね。上から教えている風になってしまって、それはイヤだなあと。本の原稿でも、徹底的に「教えてやる」という感じにならないようにしているので……。
そんなときに、出版社の方がたまたまお手紙をくださって、そこに「宛名に『空想科学研究所』と書くだけで、おとぎの国へ行くような気持になります」と書かれていたんです。あっ、だったら、そういうおとぎの国に迷い混んだような世界観を作ればいいんだ、と思いました。

栃尾:
研究所をおとぎの国に?

近藤:
偉そうな先生がいる学校ではなく、変な研究者が楽しんで研究している怪しい研究室。見ている人が、あそこに行ってみたいと思ってしまうような世界を作ろうと思いました。そこで、事務所を一部改造して、撮影用の部屋を作って……。

栃尾:
その方向性を思いついた時は、「ひらめいた!」って感じですか!?

近藤:
大袈裟にいえば、映画『十戒』でモーゼが海を割るような感覚でしょうか(笑)。それまで見えなかった道が現れて、お客さんが笑っている表情までもが「見えた!」っていう。そういうときは、本もだいたいうまくいくんですよ。それで、これは絶対にイケるからと、まず予算を100万円確保(笑)。怪しい研究室の内装をやってくれそうな人を探して、音楽を何種類か作って、最初だけ撮影や編集をプロの人にやってもらって、やり方を学んで……という感じで、ちゃかちゃか進めていきました。柳田には「もう100万円かけたから、何があっても1年はやってみよう」と説得して。彼は「原稿を書く時間が削られるのでは……」と難色を示しながらも「どうせ、言い出したら聞かないんだよね」と笑っていました。

「内容はいい」という友人の言葉で、工夫しながら人気を勝ち取る

栃尾:
ただ、最初はあまり再生数が伸びなかったんですよね?

近藤:
はい。もう全然でした。YouTubeから広告収入が入ってくるようになるためには一定の再生時間を越えなくてはいけないのですが、それがまったく伸びない。このまま1年やっても、とても最低基準を越えそうにない。100万円を回収できないどころか、執筆に当てるべき時間をムダにしてしまったか……と思い始めました。それで、9ヵ月くらい経ったときに、YouTube動画に詳しい友人に相談に乗ってもらったんです。彼の見立てでは「絶対にもっと伸びる。コンテンツとしては、人気の出る要素を満たしている」でした。でも、目の前の数字があまりにも低いので、なかなか信じられなくて。

栃尾:
多くのユーザーの目にとまるまで時間がかかるんですね。具体的に何か手を打ったのでしょうか。

近藤:
その友人に「もう予算はないよ」と言うと、彼は「お金をかけなくてもできることはたくさんあるんだよ」と。それで、いろいろ教えてもらって、細かなチューニングをしていったんですが、もう目からウロコでした。例えば「離脱率が少ないから、もっと時間を延ばしてもいいはずだ」と言われたんです。それまでは尺が長すぎると最後まで観てもらえないと思っていたので、強引に2分ほどの短尺にまとめていました。そこまで短いと、マンガやアニメの状況を説明して、科学的な説明をして……というのは、かなり大変なんです。ていねいに台本を作って、無理やり詰め込むように撮影・編集していました。それを、アドバイスを受けて5~7分の動画にした。そのほうが説明する柳田は楽だし、なにより再生時間も増える(笑)。あれはビックリしました。

栃尾:
そうやって、分析しながら改善していくんですね。

近藤:
他にも、サムネイルが重要だと聞いたので、読みやすく、かつビジュアライズしました。文字だけだったり、柳田の写真を入れたりしていたのですが、それだと柳田を知っている人にしかアピールしない。そこで、僕が描いたイラストを使ったり、とか(笑)。素人だからヘタなんだけど、まずは「わかりやすさとインパクトだ!」と思うことにしまして。あとは、コピーを変えるなど、とにかく細かい改善の繰り返しです。

栃尾:
そういう積み重ねが功を奏するんですね。

近藤:
少しずつ再生回数が増えていって、そのうち他のコンテンツを見ている人にお勧め動画として表示されるコンテンツが出てきて、そこから伸び始めました。そのとき功を奏したのが、それまでに公開していた40個ほどの動画のサムネを整理していたことです。空想科学研究所のYouTubeがどういうものか、方針や世界観が伝わりやすいように改善していたため、連鎖的に観てもらえるようになったんです。再生回数がグーッと増えていきました。それでスタートから1周になる直前に猛然と追い上げて、12ヵ月目でギリギリ目標をクリアしました。その月の広告収入は3円! そこまではゼロだから、つまり丸1年かけて3円稼いだわけですが、あれは本当に嬉しかったなあ。

栃尾:
それはギリギリ! ドラマチックですね。

近藤:
9ヵ月目の段階では、登録者数は2000人ちょっとで、再生回数も1本あたり数百回だったんですよ。それが、友人の助言でチューニングしていくうちに徐々に増えていき、13ヵ月経った頃には15倍増の3万人ほどまで増加。今はさらに増えて、8万人になっています。本当にありがたいですね。

売上の軸になるにはまだまだ足りない

栃尾:
現在は、広告収入は好調なのですか。

近藤:
柳田と僕の2人でやって、月に丸2日かかっています。月の広告収入は、いまのところ柳田の講演1回分の報酬額くらいなので、費用対効果でいえばまだまだです。しかも、つい時間をかけてしまって、月に3日も4日もかかることも。そこらへんの加減が難しいですね。

栃尾:
昔ばなしから、最近話題のアニメコンテンツまで、題材はとても幅広いですが、選ぶ基準はあるのでしょうか?

近藤:
例えば、今人気の『鬼滅の刃』は再生数がとても伸びました。でも、流行りに乗ってそればかりやるのは面白くないと思っています。「自分たちが面白がっている」という姿勢こそが大切だと思うので、ブームから外れているものや、マイナーなものも併せてやっていきたいですね。『リズム天国』などは再生回数が伸びなかったりしたのですが、「これ面白いんだよ」と自信を持って伝えたいものは、今後も扱うつもりです。

栃尾:
視聴者層はやはり子どもなんですか?

近藤:
YouTubeのアナリティクスでは中学生ぐらいまでの子どものデータは取れないので、視聴者の子どもの割合は、正直わかりません。おそらく大人のほうが多いと思っているし、それでいいと考えています。まずは、自分たちが面白がることが大事なので、視聴者の年齢はあまり意識していない。「子どもの頃に『空想科学読本』を読んでいた」という層が一定数いるようで、「まさかYouTubeで再会できるとは!」というコメントがあったりすると、本当に嬉しいです。一方で、『空想科学読本』も柳田も知らなくて、「このおじいさんは誰ですか」と書き込む若い人もいる。いろいろな視聴者がいて、それもYouTubeの魅力的なところですね。

栃尾:
YouTubeはコメントが付くから、視聴者の顔が見えていいですね。

近藤:
再生数の割にはコメントが多いようです。コメント欄では視聴者同士が会話していて、そのマンガやアニメのファンたちが熱く語り合うコミュニティのようになっているのも、面白い現象だと思っています。

「人気コンテンツになれる要素を満たしている」というお墨付きを得て、多角的に細かな改善をして質を向上していったことが人気の秘密。一足飛びに脚光を浴びるような簡単な方法はなく、地道な努力だと思い知らされる。第4回となる最終回は、デジタルへの展開に二の足を踏んで手をこまねいている企業に向けて、一歩を踏み出すために大切なポイントについて伺う。

近藤隆史
有限会社空想科学研究所 所長
1996年、柳田理科雄に『空想科学読本』の企画を持ちかけたところ、予想外のヒットに。1999年、出版社にも協力を仰ぎ、有限会社空想科学研究所を設立。これを機に、コミカライズや法律版、歴史版、英語版など、さまざまな空想科学シリーズを展開、2013年には『ジュニア空想科学読本』の刊行を開始する。15年、在籍していたKADOKAWAを退職、空想科学研究所を株式会社とし、現在は所長として業務に専念。

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも