懐かしいコンテンツをデジタルで復活

第4回 もし眠っているコンテンツがあるならデジタルへ

長い人気を誇る『空想科学読本』を作り続けている空想科学研究所は、出版社での長い経験を持ちながら、その枠にとらわれずに次々と新しい挑戦を続けている。空想科学研究所の近藤所長は、実施することに恐れはないものの、動くことに慎重になることもあるという。その内容を聞いた。

人気コンテンツだからこそのオファー

栃尾:
出版からデジタルへ移行するというより、うまくシナジーができている形ですよね。

近藤:
マネタイズという観点では、デジタルはまだ柱にはなっていません。でも、たとえば空想科学研究所のWebサイトに過去の原稿を載せていると、映画やゲームの会社から、宣伝のための原稿を書いてその欄に載せてほしいという依頼がしばしばあります。あまり制約が多いと面白い原稿にならないのでお断りするのですが、企業側からすると宣伝媒体に見えるようで、面白い可能性を感じますね。

栃尾:
ネタづくりにTwitterのフォロワーさんの力を借りているということでしたが、他にもそういった例はありますか?

近藤:
新しいネタは、Webサイトの「質問箱」に送ってもらったものから選んでいるのが多いですね。毎日20通くらい届きます。またYouTubeあての質問も多いので、YouTubeで題材にすることもしばしばです。

栃尾:
TwitterやYouTubeのコメントは、読者や視聴者とのコミュニケーションツールなんですね。

近藤:
Twitterのフォロワーや、YouTubeの視聴者といっしょに作っていく、という感じがすごく魅力的だと思っています。今は題材のセレクトが中心ですが、僕がやってみたいのは、その後の原稿作りも共有していくこと。途中経過をSNSで見せて意見をもらい、質を高めていく……というようなことができたら、もっと面白くなるんじゃないかなあ。

栃尾:
発売の前からファンを醸成していけますね。話題になりそう。

コンテンツがあれば、デジタル化したほうがいい

栃尾:
過去に流行ったコンテンツを持っていて、デジタル化に足踏みしている企業などもいると思いますが、助言するとしたら?

近藤:
そういう企業があるのなら、それはやったほうがいいです。何かコンテンツがあったら、ぜひデジタル発信しましょう。その際に大事なのは、軸がブレないこと。「それは過去の栄光だから」と流行に乗ったことを始めるのではなく、また少々うまく行かないからといってあきらめるのでもなく、軸をブラさずに延々とやり続ける。「この企業、ずーっ同じことをしている」と認識されるようになると、必ず支持者が出てくるし、広がっていきます。

栃尾:
「ずーっと同じことをしているな」という認知はいいですね。

近藤:
YouTubeでも、あまりうまくいかないと、次々と新しいことに手を出しがちですが、それは逆効果。チャンネルを開設したからといって、TV「局」のように多種多様なことをやるのではなく、「番組内のワンコーナー」なのだと思って、一つのことをやり続けたほうがいい。――って、これはYouTubeのチューニングを手伝ってくれた友人の受け売りなのですが(笑)。

栃尾:
なるほど……。局だと思うといろいろやりたくなりたくなりますが、コーナーだと思えば一貫性が必要ですよね。

近藤:
TV番組のなかでも一つのコーナーで取り上げている内容が毎回ブレていたら、観ているほうが混乱しちゃうし、覚えてもらえない。見せ方や切り口は、状況を見て変えていく必要がありますが、大きな軸はブレないようにすべきです。

栃尾:
そうすると、最初にある程度のアイデアを固めたほうがいいんでしょうか?

近藤:
僕はそれがいいと思います。「SNSは、まずはやってみること」ともいわれますが、軸が曖昧なまま漠然と始めても、個性も世界観も伝わらず、埋もれてしまう。それよりも、軸や守備範囲は最初にがっちり固めて、その後は細かくチューニングしながら続けていくのがいい。
かつて流行ったコンテンツなら、その時のスタイルでやればいいと思います。20年前の流行でも、延々とその話をし続ければ、興味を持つ人は必ず現れるし、当時のファンが再発見してくれる可能性は高い。そうなると、逆に強いと思いますよ。人は、かつて自分が好きだったものと再会したら、応援したくなる。それを否定するのは、自分の過去を否定することにもなりますからね。

栃尾:
『KUSOLAB』もそうですが、ある程度決めたら継続する覚悟が必要なのかもしれませんね。

近藤:
デジタルには「無料」が多いので、マネタイズだけを考えると、二の足を踏むのはわかります。でも、実は直接的なマネタイズ以外で得るもののほうが大きい。たとえば、かつてのファンが「懐かしいなあ」と戻ってきてくれたとして、彼らとコミュニケーションしていると、その人たちがいま何を欲しているかが見えてくる。すると、次の手が打ちやすくなるし、それがビジネスになるかもしれない。
また、僕も出版だけのときは、読者の反応が見えないから、何がウケたのか、よくわからないことも多かったのですが、今は「サムネ変わったんだ!」とか、ちょっとした工夫でも気づいてリアクションしてくれる人が多い。反応がダイレクトだから、作るほうのモチベーションが違ってきます。

これからは、「応援する仕組み」が必要

栃尾:
とてもたくさんのチャレンジをされていますが、怖れのようなものはないのですか?

近藤:
やること自体に怖れはないです。不安なのは、どちらかというと「続けられるか」です。「始めたけどすぐに終わりました」という状態はよくないと思っているし、どんなコンテンツも浸透するには「時間」が必要だと思うので。

栃尾:
本を出すためのコンテンツを作りながら、他も継続するのは大変ですよね。

近藤:
「課金制のファンクラブを作ればいいのに」と言われることも多くて、今も検討はしていますが、サブスクリプションモデルは始めたらやめられない。だから、気軽に始められないなとは思います。

栃尾:
確かにそうですね。これからは、どんなことをしていきたいですか。

近藤:
一つは、「空想科学のマンガ」をやりたい。これ、ずーっと考えていて、ようやく「あっ、こうすればいいんだ」と海が割れる感じになりました(笑)。今は軸がブレないように固めているところです。始めたら1年間は続けたいので、そのための仕組みや体制も。
それと、これはYouTubeやTwitterの反応を見ていて、しみじみ感じるのですが、ファンは「応援してあげたい」と強く思ってくれている。逆にいえば、「応援する場」を求めているというか。ところが、僕らが応援してもらうチャネルを持っていないんですよね。ファンとのコミュニケーションを大切にするのであれば、そういう面も整備するべきだと感じています。

栃尾:
ファンには、商品を買うだけでなく、応援のためにお金を払いたいという感覚があったりしますよね。

近藤:
以前は「寄付のようなものに頼るのはどうなのよ」と思っていたのですが、「無料で楽しんでいるのだから、何かで返したい」と考える人もいるんですね。ファンの立場になれば「お金で応援」というのも、選択肢の一つ。「好きを伝えたい」「応援したい」という気持ちをどう受け止めるかは、これからの課題として考えていきたいと思っています。

コンテンツの売上のみで稼いでいた時代から変わり、無料で提供したコンテンツに対して「お金で応援」してもらうモデルもあり得る。デジタルの世界では、お金の支払い方、受け取り方も変わってくるのだ。よいコンテンツがあるなら、時代に合わせて届け方を変えていくことが、多くのファンのためにもなる。ファンの声をしっかり聞ける人が、「刺さる」コンテンツを作ることができる時代なのだ。

近藤隆史
有限会社空想科学研究所 所長
1996年、柳田理科雄に『空想科学読本』の企画を持ちかけたところ、予想外のヒットに。1999年、出版社にも協力を仰ぎ、有限会社空想科学研究所を設立。これを機に、コミカライズや法律版、歴史版、英語版など、さまざまな空想科学シリーズを展開、2013年には『ジュニア空想科学読本』の刊行を開始する。15年、在籍していたKADOKAWAを退職、空想科学研究所を株式会社とし、現在は所長として業務に専念。

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも