しゅくだいやる気ペン、スマッシュヒットの裏側

第3回 物を届けないクラウドファンディングなのに大人気

コクヨのIoT文具「しゅくだいやる気ペン」は、ユーザーを巻き込みながら商品を開発していくという手法をとった。コンセプトとインサイトが明確だから、自然と協力者の輪が広がっていく。インタビューの第3回目は、クラウドファンディングからの開発ストーリーを、開発リーダーである中井信彦さんにお伺いする。

クラファン支援者である親子21組と企画会議

栃尾:
「開発着手」のプレスリリースで予告されていたクラウドファンディングの反響はいかがでしたか。

中井:
すごく良かったです! 通常、クラウドファンディングは「新製品がいち早く手に入る」といったリターンが多いと思うのですが、今回は「企画会議に参加できる」という権利をリターンにしました。それなのに、たくさんの方が支援してくださったんです!

栃尾:
え、商品が手に入らないんですか? それはすごい。お金を払っても企画に参加したいと……。

中井:
そうなんです。しかもすぐに埋まってしまって。そこまで突っ込んで考えてくださるお客様にご意見を聴けるのはとてもありがたいですね。

栃尾:
その方たちと、企画会議を実施したのですね。

中井:
土曜日に1日2回、全21組の親子に来ていただき、開催しました。

栃尾:
親御さんの男女はどんな割合でしたか。

中井:
だいたい、半々です。

栃尾:
親子向けのイベントで、お父さんが半分も来てくださるのはIoTならではかもしれませんね。

中井:
確かにそうですね。珍しいかもしれません。

栃尾:
企画会議はどのように進めて行ったのですか。

中井:
「ひみつの企画会議」と銘打って、「おとな会議」と「こども会議」を設けました。お子さんには自分たちがやる気になるアイデアを発表してもらいました。

中井:
一方で、大人の方からはガチンコで商品のフィードバックをいただきました。

栃尾:
ガチンコ! お金を払っているのだから、厳しいことも言うでしょうね……(笑)。

中井:
そうですね! 厳しいけど、とても発見が多かったです。会議の後にはお子さんに、アタッチメントのモックアップをデコってもらったりもしました。また、3DプリンターやCADなどの開発機器などを体験していただけるブースも用意したんです。

「書く」から「親子関係」に軸がシフトしていった

栃尾:
企画会議を実施して、わかったことや変化したことはありましたか。

中井:
開発に影響が大きかったのは、「書くことに親しんでほしい」というコンセプトから「親子関係を良化する」という内容に変わっていったことです。

栃尾:
それは大きな変化! そういうニーズが多かったんですか。

中井:
そうなんです。親御さんはもっと関わりたいと思っているんですよ。だから、親子のきずなを深めるための商品として「『学び』のスタートラインに立つ親子を応援したい」という軸に変化していきました。

栃尾:
親子で楽しく学べれば、きずなが深まりますね。宿題がつらいと真逆になっちゃいますが……。

中井:
そうなんです。それによって、ホームページの見せ方が変わっていきました。それまではお子さんが夢中になれるような「楽しさ」をアピールする方向性だったんです。でも、楽しさアピールのアプリの話などは極力出さず、あくまでの親子の絆やコミュニケーションを深める商品だということを強調しました。

発売するかどうかも未定の中、コンセプト・ドリブンで突き進んだ

栃尾:
そのあとは順調に進んでいったのでしょうか?

中井:
実は、わからないことがたくさんあるままスタートしていたんですよ。

栃尾:
わからないこと……どういうことですか?

中井:
アタッチメントの中に何が入るのかも決まっておらず、アプリも「子どもたちが本当にやり続けられるのか?」という肝心な点についても自信のある答えがまだ見つかっていなかったんです。また、実は発売に向けての正式な稟議も終わってなくて……。つまり、発売するかどうかはまだ未定という状態でプロジェクトが進んでいたということですね。

栃尾:
それは痺れますね! 怖くなかったのですか?

中井:
「親子が笑顔になる瞬間を作れれば絶対にうまくいく」というゴールが見えていたので、委縮してしまうことなく、突き進むことができたように思います。

栃尾:
そういった「自分たちが信じられる」というのは大切なのでしょうね。

中井:
もう、無我夢中だったと言った方が近いかもしれません。そのあとは、子どもが自分から継続してくれるためにさまざまなパターンを試しました。時間をはかったり、スタンプを集めたり、ご褒美にお菓子を渡したり……。その中で、一番効果があったのが「すごろく」なんです。

栃尾:
へえー! そうなんですね!

中井:
すごろくを取り入れてから、子どもたちがどんどん自分でやるようになったんですよ!

栃尾:
そんなに励みになるものなんですね。

中井:
そういったたくさんの検証とともに、専門家の方に理論的な部分を教わり、確信を得ながら進めて行きました。自社ECサイトのみに限定して発売したり、有料を予定していたアプリを無料に変更したりしたんです。ユーザーが見えてくると、打ち手が変わってくるんですね。

栃尾:
お店で売らず、ECサイトのみにしたんですか! その狙い、次回教えてください!

「企画会議に参加する」というリターンにたくさんの支援者が集まったクラウドファンディング。それにより、たくさんの厳しい意見が寄せられ、開発の方向性を定めて行った。次回は、いよいよ発売前後の施策や反響にフォーカス。併せて今後の展開などもお伺いしていく。

中井信彦
コクヨ株式会社 事業開発センター ネットソリューション事業部 ネットステーショナリーグループ グループリーダー1999年、関西学院大学大学院 理学研究科修了。同年、シャープ株式会社入社。液晶関連の研究開発、商品企画に従事したのち、手書きデジタル機器のプロジェクトマネージメントを経験。2013年、コクヨ株式会社へ入社。新規事業開発に従事し、UXデザイン(ユーザー体験設計)を通して、デジタルとアナログの融合価値を追求している。

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも