しゅくだいやる気ペン、スマッシュヒットの裏側

第4回 売上の伸びを犠牲にしてもWeb販売に限定

発売前から話題性が高かったコクヨのIoT文具「しゅくだいやる気ペン」は、コクヨとしてはかなり珍しい自社ECサイトのみの販売となった。想定顧客の意見を事前調査し、店舗では得られないダイレクトな反応にこだわりたかったからこその決断。その理由や発売後の反響、これからの展開などを開発リーダーの中井信彦さんに聞いた。

自社ECでの販売をとおして、ユーザーからのダイレクトな反応を得る

栃尾:
前回、ECサイトのみにしたというお話を伺いました。その狙いは何だったのですか?

中井:
大きな理由は二つあります。ひとつめは、製品ご購入者と直接やり取りすることでした。ECであれば買った人がわかるし、ユーザー情報があるのでご購入後もやりとりができます。流通を介すると、ユーザーさんとのつながりがなく、ご購入者の顔がまったく見えてこないんです。

栃尾:
なるほど。店舗では誰が買ったかわからなくなってしまうのですね。

中井:
そうです。まずは販売台数を追いかけるより、「刺さりの深さ」をとらえたかった。本当に使っているのか、どう使っているのか。そこを見て行きたかったんです。

栃尾:
それが、ひとつ目の理由ですね。

誤解されやすいから、サイトを経由し共感した人に買ってもらいたい

中井:
二つ目は「ホームページを見て、コンセプトに共感いただけた方に使ってもらいたい」という想いです。

栃尾:
それは、どんな理由からですか?

中井:
クラウドファンディングで気が付いたことがヒントになっています。しゅくだいやる気ペンは、誤解されやすい商品なんですよ。「手に持つだけでやる気がわいてくる魔法のペン。これさえあれば親が楽できる」と誤解を与えてしまっていたことが分かりました。

栃尾:
それでは、「親子関係をよくする」というコンセプトからずれてしまいますね。

中井:
もともと店舗に売り場がない商品でもあり、ユーザーの方にコンセプトをしっかりとお伝えし共感いただくためには、どうすればよいか、誤解を与えない販売方法は、いったいどういうことなのかを考えました。

栃尾:
誤解が生まれたら、使われなくなってしまうかもしれませんね。

中井:
この商品は、「面白いから書きたくなる」「それを親がほめるからまた書きたくなる」というエコシステム的なサイクルがポイント。そこで「楽ができる」という期待を与えてしまうとギャップが生まれてしまい、意図しない方向で使われることになってしまいます。結果的に「幸せ」になるんじゃなくて、「不幸」になってしまいます。

ランディングページで商品名より先に伝えたかったもの

栃尾:
誤解されないようにするためには、ランディングページがとても重要な立ち位置になりますね。

中井:
だから、ページの冒頭には、商品名より先にメッセージを伝えました。「かきたくなる、ほめたくなる。コクヨ しゅくだいやる気ペン」です。

栃尾:
ページを見ると、子どもの楽しそうな表情の動画がとても印象的です。

中井:
きれいに整頓された机じゃなくて、あえてリアルな生活の場で使っている動画にしています。きれいなイメージでは伝わらない。ごちゃっとした日常の中にあるのがポイントです。これは「魔法ではありません」というメッセージをちゃんと伝えたかったんです。

栃尾:
確かに、これはとてもリアル! 自分の子どもが楽しんでいる姿を思わず想像してしまいます。

テレビを含む約300件のメディアに紹介され、発売後はすぐに売り切れ

栃尾:
発売後はすごい売れ行きだったそうですね。

中井:
想像以上の反響でした。夏休み前だったのもあり、テレビなどのメディアに300件ほど紹介されたのも大きいと思います。在庫は十分用意したつもりだったのですが、すぐに売り切れてしまって驚きました。

栃尾:
待ち望んでいた人が多かったんですね……。

中井:
あまりに注文が多くて、ECサイトがつながりにくくなったほどでした。

栃尾:
売り切れになると、在庫のコントロールは難しいのではないですか。

中井:
そうですね。お客様をお待たせしてしまうのは心苦しいので、「今日は〇時に〇台入ります」とTwitterで告知するなど、工夫していました。忘れ去られないように市場の枯渇感を維持していくためには、こまめ且つ真摯なコミュニケーションが必要だと考えていました。

栃尾:
感想やレビューはいかがでしたか。

中井:
想像以上によい反応ばかりで驚いたほどです。「こんなに褒められるものだろうか!?」と思いましたよ。

栃尾:
悪い反応もある程度は予想していたのでしょうか。

中井:
アプリで楽しくするという仕組みなので、「アプリのアイテムで釣っている」とか「褒めてやらせるのはどうなんだ」といった感想も出てくるんじゃないかとは思っていたのですが、ほぼありませんでした。

まだまだ構想の2割くらい。今後は認知を増やしていく

栃尾:
今後の展開やビジョンを教えていただけますか。

中井:
使ってくださっている方からの反応はいいのですが、まだまだ認知度が足りていないと思っています。

栃尾:
そうですね。周囲のパパやママ、教育関係の方でも知らない人は多くて、商品名を聞くだけで「なにそれ!?」と前のめりに聞かれますよ。

中井:
だから、まだまだポテンシャルはあると思っています!

栃尾:
では、商品はそのままで、よりたくさんの人に伝えていくことがメインですか?

中井:
いや、それだけではなくて、もっとバージョンアップしていきます。発売から3か月経ったころにアンケートをしたところ、ユーザーさんの中で30%くらいの方は、勉強のとりかかりサポート以外にも、「学習自体が楽しくなってほしい」「好きなことを見つけて探求してほしい」といった、学ぶことの本質に目が向いていると分かったんです。

栃尾:
確かに、宿題をやるのは最終目的ではないですから。

中井:
ある程度自分でできるようになり学習の楽しさがわかれば、しゅくだいやる気ペンを卒業するでしょう。そうなったときにも残せるものを作りたいと考えています。

栃尾:
具体的には……?

中井:
それはまだ言えないのですが……この春の発表を目指しています。しゅくだいやる気ペンをきっかけに広がる世界はまだまだあると思うんです。個人的な構想としては、現在はまだやりたいことの20%くらいかもしれません。可能性はとても大きいのに、まだ入り口に立ったくらいだと思っています。

1年の構想を捨て、2年目に見つけたコンセプトから成功の光が見えてきたコクヨの「しゅくだいやる気ペン」。子どもへのユーザーテストを繰り返し、親のインサイトを丁寧に見つけていった集大成といえるだろう。これからも、その後の展開を楽しみに見つめて行きたい。

中井信彦
コクヨ株式会社 事業開発センター ネットソリューション事業部 ネットステーショナリーグループ グループリーダー1999年、関西学院大学大学院 理学研究科修了。同年、シャープ株式会社入社。液晶関連の研究開発、商品企画に従事したのち、手書きデジタル機器のプロジェクトマネージメントを経験。2013年、コクヨ株式会社へ入社。新規事業開発に従事し、UXデザイン(ユーザー体験設計)を通して、デジタルとアナログの融合価値を追求している。

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも