しゅくだいやる気ペン、スマッシュヒットの裏側

第1回 スタート時は迷走していた開発コンセプト

文具・オフィス家具メーカーのコクヨが初めてチャレンジしたIoT製品といえる「しゅくだいやる気ペン」。鉛筆にアタッチメントを付けて家庭学習に取り組むと、やる気パワーがたまり、連携するスマホアプリのゲームが進んでいく仕組みだ。開発時の苦労やユーザーを巻き込む仕掛け、販売の工夫などを「しゅくだいやる気ペン」の開発リーダーである中井信彦さんに聞いていく。第1回目は、製品の概要と、企画当初は意外にも迷走していたというコンセプトの話を聞いた。

商品のコンセプトは「親子のコミュニケーション」

栃尾:
まず「しゅくだいやる気ペン」の製品コンセプトや使い方について教えていただけますか?

中井:
宿題をやらない子どもというのはご家庭の「あるある」ですよね。中でもお母さんが「ガミガミ」と子どもを叱り、子供がひねくれてしまうパターン。親は子どもを思っての行動であるはずなのに、掛け違えているんですね。

栃尾:
実際に子育てをしているので、本当に身に沁みます。宿題が親子喧嘩の火種になっているご家庭はとても多い印象です。

中井:
商品のコンセプトとしては、日々の努力を「見える化」して、親子のコミュニケーションを変えていくことにあります。

栃尾:
どんな風にコミュニケーションが変わっていくのか、使い方など教えていただけますか?

中井:
(実際に見せながら)鉛筆にアタッチメントを付けて電源を入れるとLEDが光ります。その鉛筆で学習をすると「やる気パワー」がたまり、LEDの色が変化するんです。それをスマホアプリの画面に「注ぐ」動作で、アプリのすごろくが進む仕組みです。

栃尾:
それは楽しそうですね!

中井:
すごろくが進むのも楽しいですし、そのすごろくをお母さんやお父さんに見せて、ほめてもらうことでポジティブなコミュニケーションが生まれるんです。すごろくは18ステージありますので、長く使用していただけます。

栃尾:
なるほど。頑張ったことが明確に見えるようになり、親もほめやすくなるんですね。

中井:
「しゅくだいやる気ペン」というネーミングに込めた秘めたる想いとして、「しゅくだい」の再定義化をしたいということがあります。ここで言う「しゅくだい」というのは、学校の宿題だけにとどまらず、家庭学習全般のシンボルとして考えています。

栃尾:
この製品の対応範囲は学校の宿題に限ったものではなく、家庭で行う学習すべてのやる気が上がるツールという位置づけなんですね。

中井:
まさにそこが、この製品へ込めた想いと言えます。

構想から3年でようやく販売にたどり着いた

栃尾:
まず、プロジェクトのいきさつからお伺いしたいと思います。どんなきっかけでスタートしたんですか?

中井:
「IoT文具にチャレンジしよう」という声掛けでした。文房具にセンサーを載せてどんな意味があるのだろうかと、いろいろなパターンで考えたんですよ。​

栃尾:
その中で、「しゅくだいやる気ペン」の構想が残ったんでしょうか。

中井:
いや、「ペンにセンサーを付ける」ところまではあったのですが、当時は親にとって便利な「見守りツール」として考えていたんです。

栃尾:
……親向けのツール。今と視点が全然違ったんですね!

中井:
共働きの人口が増えているので、子どもを少し離れたところから見守りたいというニーズがあるのではないか? と考えたんですね。

誰も欲しくないものを作ってしまうのでは?

栃尾:
見守りツールとして進めていて、いかがでしたか。

中井:
企画のコンセプトを決めて、3C(Customer、Competitor、Company)分析、4P(Product、Price、Place、Promotion)分析もして、ハードの検証までしました。企画書上ではそれなりに体裁を整えられるんです。でも私たちはそれをすべて、部屋の中でやっていた。

栃尾:
机の上で考えていただけ、ということなんですね。

中井:
ようやくアンケートを取ってみたら、「見守れていない」と思っている親は実はあまりいなかったんです。振り返ってみると、社会課題を自分たちが都合のいいように解釈してしまっていたように思います。

栃尾:
確かに、そう言われてみれば、宿題のある小学生をしっかり見守りたいというニーズは少ない気がします。

中井:
そう。「これ、誰が使うの?」という本質的な疑問にぶち当たり、「誰も欲しくないものを作ってしまうんじゃないか」ということに、プロジェクト開始後1年たってから気が付いた。

栃尾:
それから、考え直すわけですか。

中井:
そうです。使う人を見ずに盛り上がっていた自分にとても腹が立ちましたね。そして、まさにプロジェクトが暗礁に乗り上げてしまいました。

現在の「しゅくだいやる気ペン」を見るに、初期の「見守りツール」としての構想は跡形もないと言える。そこからどのように考え方を変えて行ったのか? 次回はコンセプトを変えるきっかけや、その方向性を伺っていく。

中井信彦
コクヨ株式会社 事業開発センター ネットソリューション事業部 ネットステーショナリーグループ グループリーダー1999年、関西学院大学大学院 理学研究科修了。同年、シャープ株式会社入社。液晶関連の研究開発、商品企画に従事したのち、手書きデジタル機器のプロジェクトマネージメントを経験。2013年、コクヨ株式会社へ入社。新規事業開発に従事し、UXデザイン(ユーザー体験設計)を通して、デジタルとアナログの融合価値を追求している。

栃尾江美
ストーリーと描写で想いを届ける「ストーリーエディター」。ライターとして雑誌やWeb、書籍、広告等で執筆。数年前より並行してポッドキャスターも